アメフトやめたら、ガクチカ何書けばいいんだろう😕?

少し前、駅前の広場で、すれ違いざまに耳に入ってきた一言です。
声の主は、おそらく、旅行で来ていた学生でした。

体育会でアメフトをやっている。
就活で言えば、いわゆる「強いガクチカ」です。
練習も、上下関係も、勝ち負けもある。
本来なら、「普通のことしかしてない」と悩む人がうらやむ側の経験のはずです。

それなのに、その声はどこか不安そうでした。
「これを取ったら、自分には何も残らない」
そんなふうに、聞こえたのです。

体育会でアメフトをやっている。それは、就活で言えば、いわゆる「強いガクチカ」です。
練習も、上下関係も、勝ち負けもある。本来、「普通のことしかしてない」と悩む人が、うらやむ側の経験のはずです。

なのに、その彼も、不安そうでした。「アメフトを取ったら、自分には何も残らない」——そんなふうに聞こえました。

"すごい経験"があっても、不安は消えない

ここに、ちょっと不思議なことがあります。

「ガクチカがない」「普通のことしかしてない」と悩むのは、特別な経験を持っていない人だと思われがちです。
でも、現実はそうでもありません。
留学した人も、起業した人も、体育会で打ち込んだ人も、
「これがなくなったら、自分には何もない」 と、どこかで不安を抱えていたりします。

なぜでしょうか?
立派な経験を持っているのに、なぜ「何も書けない」と感じてしまうのでしょうか。

実は、「普通のことしかしてない」と悩むあなたの問題と、地続きでつながっています。

この「自分にしかないガクチカの書き方」では、①で「心が動いた場面」を書き出し、②で「経験を分解」してきました。
それだけ材料を集めても、いざ書こうとすると、また「普通」に戻ってしまう。
この記事は、その「なぜ」に、少し違う角度から答えるための一本です。
(①②をまだ読んでいなくても、ここから読んで大丈夫です🙆‍♀)

ガクチカは「何をしたか」じゃない

アメフトの彼は、たぶん「アメフトをやっていた」という事実を書こうとしています。
だから、その事実を取り上げられると、何も残らない気がする。

しかし、考えてみてください。
4年間アメフトを続けた彼の中には、本当は、ものすごい量の「中身」があるはずです。

  • きつい練習を、なんで続けられたのか。
  • レギュラーになれなかった時期、何を考えていたのか。
  • 後輩にどう接していたのか。
  • 負けたあと、どう立て直したのか。

これは、アメフトをやめても、消えません。
なぜなら、それは「アメフト」という出来事ではなく、その中にいた、彼自身だからです。

ガクチカは「何をしたか」ではありません。
「その中に、どんな自分がいたか」 です。

「アメフト」は、いわば器です。
本当に書くべきなのは、その器に入っていた中身(どう考え、何を選び、何を続けた自分か)のほうです。

"すごい人"も"普通の人"も、見ている場所が同じ

アメフトの彼は、立派な器を持っているのに、その中身を見ていません。
だから、器を外すと怖くなります。

そして、「普通のことしかしてない」と悩む人も、地味な器しか持っていないと思って、やっぱり中身を見ていません。
だから、最初から「書けない」と思ってしまいます。

器が立派かどうかは、実はそんなに関係ありません。
すごい経験がある人も、ない人も、本当に見るべき場所は同じです。
それは、出来事の派手さではなく、その出来事の中であなたが実際にやっていたことです。

なぜ、中身は自分には見えないのか

「中身を見ればいい」と言われても、これがなかなか、難しいのです。
理由は、大きく2つあります。

① 比べる相手しだいで、「普通」に見えてしまう
「普通のことしかしてない」と言うとき、わたしたちは無意識に、誰かと自分を比べています。
留学した人、起業した人、SNSで見かける華やかな誰か。
そういう「すごい誰か」を基準に置くと、自分の毎日は、急に「普通」に見えてきます。

しかし、「普通」は絶対的な事実ではありません。
「自分が今、何と比べているか」で決まる、相対的な感覚にすぎません。
比べる相手を変えれば、同じ経験が「普通」にも「特別」にも見えます。

② "当たり前"になったものは、自分では数えられない
もう一つは、もっと根っこにあるしくみです。
自分にとって当たり前になったことは、努力や工夫として数えられなくなるということです。

毎日続けていることは、だんだん「呼吸」みたいになります。
最初は意識してやっていたことも、慣れると、考えずにできるようになります。
そして、考えずにできるようになった瞬間に、それは自分の中で「たいしたことじゃない」に変わります。

新人が来たら、聞かれる前に声をかける→「そんなの当然でしょ」
締め切り前に、まわりの進み具合を確認する→「みんなやってるし」
揉めたとき、なんとなく間に入る→「たまたま自分がいただけ」

「当然」「みんなやってる」「たまたま」 この3つの言葉が出てきたら、要注意です。
それは、あなたが自分の中身を"当たり前化"して、見えなくしているサインかもしれません。

アメフトの彼も、たぶん同じです。
きつい練習を続けられたことを、「部活だから当然」で片づけている。
でも、それを「当然」にできること自体が、もう中身なのです。

📝 ワーク:器から、中身を取り出す

頭で考えても、中身はなかなか出てきません。
手を動かして、取り出して見ましょう。
紙でもスマホのメモでもかまいません。
3つのステップで見ていきます。

STEP 1|活動を一つ選んで、「動詞」で書き出す

ここ半年〜1年で、いちばん時間を使った活動を一つ選びます。
バイトでも、サークルでも、部活でも、課題でも、なんでもかまいません。
その中で自分が実際にやっていた行動を、「〜していた」という動詞で、5つ書き出してみましょう。

「アルバイトをしていた」「アメフトをやっていた」は、器の名前=名詞です。
ここで止まると「普通のバイト」「ただの部活」で終わってしまいます。
動詞にすると、器の中にいた自分=中身が見えてきます。

【例:カフェのバイト】
・新人が入るたびに、聞かれる前に「困ってない?」と声をかけていた
・混む時間を予想して、先に備品を補充していた
・常連さんの注文を覚えて、顔を見たら準備を始めていた
・クレームが出ると、なぜか自分が間に入っていた
・店長が見落としがちなシフトの穴を、先に埋めていた

STEP 2|「当たり前」に丸をつける

書き出した5つのうち、「これは自分にとって当たり前だな」「わざわざ言うことでもないな」と思うものに丸をつけます。

丸をつけたもの=それが、いちばん怪しいのです。
「当たり前」だと感じているということは、それだけ自然にできているということです。
自然にできていることは、たいてい、自分では「強み」だと気づけません。

例だと、「聞かれる前に声をかける」「先に動く」あたりに丸がつきやすいでしょう。
本人は「気がきくとかじゃなくて、ただ落ち着かないだけ」と思っています。
でも、それこそが行動の癖=持ち味です。

STEP 3|丸をつけた行動に、「なんで?」を一回だけ投げる

丸をつけた行動の一つに、こう聞いてみます。
「なんで、わざわざそれをやってたんだろう?」

・なんで聞かれる前に声をかけてた? → 自分が新人のとき放置されてしんどかったから
・なんで先に動いてた? → 後手に回って誰かが困るのを見るのが嫌だから

ここで出てきた理由が、② 経験を分解して「なぜ動いたのか」を見つけようで見つけた「価値観」とつながります。
「当たり前にやっていた行動」+「なんでやってたか」= あなたらしさの、いちばん見えにくかった中身です。

アメフトの彼も、「試合に出ていた」ではなく、「補欠の時期に、毎朝誰よりも早く来て一人で動画を見ていた」というような感じで分解できたら、きっと「アメフトをやめても残るもの」に気づけるはずです。

それでも、自分一人だと限界がある

ここまでやっても、おそらく完全には拭えない感覚があります。

「いや、やっぱりこれくらい、みんなやってるでしょ」

これは、あなたが鈍いからではありません。
"当たり前化"は、自分の内側からは見えにくいという、しくみの問題です。
ずっと同じメガネをかけていると、そのメガネの色には気づけません。
それと同じです。

だからこそ、最後の手段があります。
それは、自分の中身を、他の人の目を借りて見てみることです。

自分では当たり前すぎてスルーしていたことが、他の人から「それ、すごいと思う」と言われて、はじめて気づくことはありませんか?
これが、次の③の記事**"自分にしかないガクチカの見つけ方③ 他己分析——まわりの人が見ている「あなた」を知ろう"** です。

器を外しても、残るものはあります。

この記事は、「だから自分を特別だと思い込もう」と言いたいわけではありません。
無理に「実はすごいんだ」と思おうとしなくて大丈夫です。
「普通」を「特別」に塗り替える作業は、たぶん長続きしないし、苦しいものです。

そうではなくて、「何をしたか」ではなく、「その中に、どんな自分がいたか」 を、ちゃんと見てみる。

アメフトでも、カフェのバイトでも、それは同じです。
器は、卒業すれば手元を離れます。
でも、その中で動いていたあなたは、どこに行っても、あなたのまま残ります。

「〇〇をやめたら、何書けばいいんだろう?」
「普通のことしかしていないや…」

もしそう感じていても大丈夫です。
その器の"中身"を、ちゃんと見て見ましょう。

🏃‍♂️‍➡️次の一歩

「他の人の目を借りる」と言われても、誰に、どう聞けばいいのでしょうか?
そこには、ちょっとしたコツがあります。

"自分にしかないガクチカの見つけ方③ 他己分析——まわりの人が見ている「あなた」を知ろう"